翠苑の姫たちへ

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 

       



 西の方では相当な被害まで出たほどの大雨だったそうだけれど、その前線も一休みということか、今日は全国的に好天なのだそうで。窓の外に広がる風景のあちこち、建物の庇の下や木陰の色合いが、久し振りに黒々と濃いのはなかなかに印象的ではあったれど。

 “いっそ、ザッと威勢のいいのが降ってくれた方がすっきりしたかもですね。”

 お日和がいいのは結構だけれど、湿気が多いのは変わらない。陽光が冴えた分、当たり前なことながら暑さも増して。待ち合わせ先の駅に着いたと降り立ったJRのホームは、まだ陽が高かったこともあっての、いやに むんとした暑さに満ちており。気の早い麦ワラのカンカン帽をかぶって来たのは正解だったけど、髪が蒸れそうでヤダなぁと。肩先でさらりと揺れた赤毛を小さめの指先にて後ろへ払いつつ、返す同じ手で更紗仕立てのブラウスの、鎖骨を見せるシャーリング襟を ついといじった美少女へ。同じ電車に乗り合わせていたらしいそちらも高校生の男子らが、ついつい見ほれての前方不注意から、支柱にぶつかりかけていたほど。いつも一緒の七郎次や久蔵が、髪の金色とのバランスもいい色白でおいでだから目立たぬが、実を言えば ひなげしさんこと平八もまた、今の“生”では結構色白なのだ。しかもしかも、スキンケアとヘアケアには…お年頃の少女なら当たり前な厳重注意も払っておいでの賜物、すべらかな肌は ともすれば3人娘の中じゃあ一番しっとりしておいでであり。許婚者の五郎兵衛なぞは、

 『お願いだから、シチさんの真似をして肌もあらわな格好だけはしないように』

 シチさんのアレは、ひとえに勘兵衛殿限定での、是が非でも気を惹きたいってだけのものなのだから、と。一部、余計なお世話な言い回しでの、注意を授けるのを忘れないほど案じてもおいで。…恋人へのそんな気遣いのほど、足して二で割れば丁度いいんじゃなかろうか、男衆。
(苦笑)

  それはともかく。

 初夏向きの白地更紗に、赤や青、オレンジに緑といった原色にての可愛らしい刺繍が胸元へとほどこされているフォークロア調の、裾をボトムの外へひらんと出した涼しげなオーバーブラウスに。腰のところでフリンジさせたワンピースに見えなくもない、似たような風合いのカフェオレ色の麻のスカートを重ね着て。肩から提げている籐の平らかなトートバッグ、その柄を白い手がきゅうと掴んでいる様子は、微妙に切迫気味なのかも。素足にはいたグラディエーター・サンダルはキャラメル色で、全体的に大人しめのコーデュネイトではあるが、浮き浮きとチョイスしたんじゃあないからこうなったという順番だからしょうがない。

 「……。」

 どうやら自分が一番乗りだったようだなと、周囲を見回す平八で。待ち合わせたのは いつもの快速停車駅の前。にぎやかなファッションマートの向かい側で、今日は平日じゃああったけど、自分と似たような立場なのか、早い目のバーゲン狙いらしい少女らが同じように来合わせていての、無邪気におしゃべりに興じている。あの制服を脱いでしまえば、しかもしかも いつもの連れもまだならば、さほどには目立つまいと思っているから、何とはなく肩から力を抜いての“ふう”と吐息をついた平八だったのだけれども、

 『お二人とも大変だったそうですね。』

 久蔵はバレエ教室、七郎次は部活の剣道にと勤しむ日であったため、仲良しな三人娘とはいえ、それぞれバラバラに行動する放課後となる ○曜日。一応は美術部に籍を置いてるものの、作品はもっぱら家で描いての、日頃は“帰宅部”を気取っている平八もまた、真っ直ぐ帰ったそのまま、五郎兵衛が切り盛りしている甘味処の手伝いに勤しんでいたので、すっかりと連絡が取れないままだったのだが。

  ―― あの久蔵が、
     兵庫殿へ“迎えに来てほしい”とメールを寄越したほど、
     何やら怖い目に遭ったらしいぞ、と

 そんな衝撃的な話を、警視庁勤務の勘兵衛から伝えられたという、五郎兵衛からのお言葉で、夕食どきに聞いてしまった平八だったそうで。どういう連絡網ですかと、日頃だったらそっちへ突っ込んでいたかも知れぬ平八が、炊き立てご飯を盛った茶碗を手にし、そのまま硬直したほどびっくりした話だったが、

 『………誤解だ。』
 『何ですよ、それ。シチさんからも訊いて確かめましたよ?』

 得体の知れない男に尾けられた。素早く撒いて姿を消してもなかなか立ち去らぬ諦めの悪かった相手で、しかもしかも、

 『人間違いじゃない証拠、写真を持っていての尾行だったって。』

 こっちから掴み掛かったのへ驚いて、慌てて逃げた相手だったが、そんな彼が落としていったのが、彼女ら3人がくっきりと収まった“五月祭”の折のスナップ写真。素人の写真じゃなかったのが災いして、それはくっきりとお顔の判る撮られようだったので、恐らくはそれを頼りにしての人別だったに違いなく。

 『…まあ、兵庫せんせいにメールしたのは、
  バスであれ JRであれ、不特定多数の中に紛れられて、
  今度は自宅までを尾行されるのは剣呑だと思ったからだそうですが。』

 おっかながってのことという意味からの“脅威”じゃなかったから、そこのところは確かに誤解を招くよな言い方ではありましたがと、訂正した平八がそのまま、お顔を次にと向けたのが、おはようと顔を合わせたそのまんま、内緒話の時に訪のうスズカケの枝下までを示し合わせるようにして一緒にやって来ていた七郎次へ。特別教室棟との中間地点、小ぶりな花壇の傍らにある瑞々しい緑の立木は、絶妙な距離で本校舎一階の昇降口から離れているため、ここにいるのはどこからだって丸見えなれど、同じほどこちらからも周囲が全方向見通せるため、誰かが近づいて来ればすぐに判る。込み入らない内緒話には向いているからと、メールでは捗の行かない、けどでも至急な話をするのへと重宝して使っている彼女らであり。

 『そも、シチさんも何だか妙な目に遭ったんですってね。』
 『…うん。』

 そっちは、メールで“そうならしい”という見出し部分しか知らされてない久蔵が、口許をぎゅむと引き締め、案じるようなお顔を向けて来ており、

 『まずは兵庫せんせいが、勘兵衛さんへと写真持参の尾行者が出たことを話した。
  この女学園の生徒なら誰でもいいというつけ回しじゃないらしいと。
  そしたら、実はシチさんも何者かに尾けられかけてたって話になって。
  その写真ってのには、わたしも写っていたものだから、
  それでなくとも仲良くいつも一緒にいる顔触れ、
  何かあってからでは遅いのでと、用心するに しくは無しって連絡が、
  ゴロさんへ届いた……って順番だったらしいのだけれど。』

 問題の写真というのは、例の五月祭で“五月の女王”へ傍づき二人がティアラを授ける儀式の写真。正統なお祭りでもそんなことをするのかどうかまでは知らないが、こちらの女学園では、豊饒の女神マイアを模した女王が選ばれると、その頭上へ代々の女王に授けられて来たティアラが厳かにも冠せられるのが一番のハイライト。したたる緑も麗しい、敷地の中にある野外音楽堂にて催されるセレモニー。学園長でもあるシスター長が、手づから運んでおいでのビロウド張りのケースに収められたは、プラチナか はたまた白金かを用いた可憐なティアラ。たいそう厳かなデザインのそれは、ずっと昔の在校生だった資産家の令嬢が、それは思い出深い学園へ在校した記念に寄贈したという話であり。優美な曲線が波打つ彫金細工のところどこへ、小さなメレダイヤが幾つも飾られ、折からの陽を受けて きらちか燦めく様は、それなりに宝飾品へも縁のあるお嬢様がたでさえ、わあと思わずの声を立てる麗しさ。単なるアクセサリじゃあない、気品や人性の美しさを讃えられた存在だからもたらされる冠なのよと、それこそ代々賛美されて来た蓄積もつ故の、オーラさえまとった神々しき美しさであり。それをまずはと渡されるのは、エスコート役の片やの少女。シスターへの お膝を曲げてのご挨拶も粛々と、白い両手を掲げたところへ授かる可憐なティアラを、同心円を描く階段状になった座席へ集いし、他の乙女らへもご覧あれと示して見せる。桜やアカシアの緑に囲まれた音楽堂に、少女らの感嘆の声が満ちたところで、もう一人のエスコート役へと手渡され、そこからは五月の女王の、きちんと結われた髪の上を目指すのみ。やはりかすかに腰をかがめて姿勢を下げた七郎次へ、一回だけ練習したその通りのなかなか上手に、久蔵がそおと授けて差し上げれば。傾きもズレもしないでの定位置へと落ち着いたのへ、三人そろって胸を撫で下ろしたのが、その日の笑い話にもなったほど。その、戴冠式の場を撮った写真が、久蔵を尾行していた男の落とし物として手に入ったのではあるが、

 『それなんだけど。ゴロさんが言うには、
  どうやら学校のロビーへ張り出されてあった見本の内から
  盗まれたものだったらしいのよね。』

 大きな模造紙へきれいに並べて張り出して、申し込み用紙へ希望する写真の番号を記入し提出すると、それを使ったフォトブックにしてくれる。親戚なぞへ写真のまま配りたいならその旨を記せばそっちへの対応もしてくれるという、よくあるパターンの受付に使われた写真見本だったので、申し込みを締め切った後はそのまま職員の事務室のキャビネットへ引き上げられてあったらしく。それが、つい先一昨日の朝方に出勤した職員さんにより、一部剥ぎ取られたまま放り出されていたのが見つかったのだとか。写真を撮影し、フォトブックに加工するサービスまでを引き受けていた、七郎次の叔母上のスタジオへは何の異常も問い合わせもなかったらしくて、

 『直接的な輩だよねぇ。』

 つか、何でゴロさんはそんなに何もかんも知ってるの? アタシも久蔵がそんな事態になってたなんて知らなかったもの。ヘイさんからのメールもらって、初めて知ったんだよと、これは七郎次が息巻き掛かった、朝一番のメール合戦だったのへ。これでは埒が明かぬとばかり、せめて事実関係への情報を均しましょうと、まずは、早朝のすずかけの木陰を目指した彼女らだったのだが、

 『昨夜、勘兵衛さんがゴロさんへ、くれぐれも用心させなさいって、
  向こうで判った事実を添えて言って来たらしくてね。
  で、ゴロさんが言うには、全部を包み隠さず話さにゃ、
  どうせ学校で顔を合わせるわたしたちなんだから、
  半端な手掛かりだけで勝手に突っ走りかねぬと思ったんだって。』

 そうと言う赤毛の少女の傍らで、久蔵が紅色の目元を眇めて見せたのは多分、彼女へも兵庫せんせいからの追加の連絡がなかったからだろう。そちらさんでは大人の間のみでの頭越しのやり取りになったのも、か弱き少女を不安にさせぬためとかどうとか、彼らなりの思いやりがあってのことかも知れぬが。こちらは そんじょそこいらの女子高生とは一味違う存在で、しかもそれっくらいは男衆だって重々承知なことのはずだのに。

 『勘兵衛様ってば、アタシには話を振るつもりはなかったらしいな、こりゃ。』

 平八からのメールで久蔵の身に起きた出来事を知り、単なる変質者どころじゃない、そこまで標的を絞ったものってことは、もしかしてもっと大変な事態だったのかもという片鱗を察したそのまんま、何でアタシには何も告げてくれてないのかと問い詰めるよなメールを壮年殿へも送ったが、

 『今のところはナシのつぶてでげすよ』

 愛用の携帯片手に、余程のこと肩透かしだと言いたいか、幇間言葉を引っ張り出しつつの かっくりこと肩を落とした七郎次であり。彼女もまた、久蔵と似たような情けなさを感じてしまっているのだろう。

 『でもさ、ひと繋がりだったかもっていうそんな背景が見えてくると、
  佐伯さんがシチさんの護衛へ来てたのへも納得がいくよね。』

 え? なんでそっちへあらためて納得するの? あのね、佐伯さんは勘兵衛さんの部下なんでしょう? いくら地域的には管轄下でも、たかだか変質者程度の警戒へ、捜査一課の強行犯係が乗り出してくるのはおかしい。…………あ、そかそか。

 “シチさんも存外と暢気ですよね。”

 頭では、理詰めでは判っていても、実際にその渦中へほうり込まれたりすると、肝心な注意力もそれに支えられた用心も薄れるのはよくある話で。そんなご大層な部署だってことよりも、顔見知りだからっていうのがついつい先に来ちゃったんでしょうけれど。何だか尋常ではないことが、自分たちの身の回りという至近にて こっそりと起きつつあるらしく。とはいえ、今朝やっと 女子高生から、この女学園の生徒へとその範囲が狭まった敵さんの狙い、実はもっと限定的で、自分たち三人組へ降りかかってることならしいと判ったばかり。何とか話を刷り合わせたところで予鈴が聞こえて来、そういう物騒な種類の話題となると、踏み込んだ話を広げにくい環境なのだと気がついた。幸い、今日は三人共が早く帰れる日だ。七郎次は微妙な立場だったが、ウチで基礎練習やって補うからと副部長に言って部活を早引けしたほどに、こっちの方が重大事。一旦帰ってから場所を決めての待ち合わせましょ、そこで突っ込んだ話をしましょという運びとなった…のだけれども。

 “写真を目当てに学園へ忍び込むなんて、判りやすいことをするなあ。”

 しかも、全部が奪われた訳じゃあないらしく、あのティアラの授与式の場面のだけを数枚、無様に剥がしてったらしく。佐伯刑事も、実のところは…そっちの件で呼ばれたのへと遣わされたらしくって。何なら模造紙ごと全部を持ってきゃよかったのに、彼女らしか写ってないのを持ってっただなんて。まま、他の方々は安心してていいよというカッコになったから、守る対象が限られたという意味合いでは、助かる運びと言えなくもなかったけれど。

 “はてさて、連中の目当ては 一体何なのやら。”

 時折アスファルトの上を横薙ぎに吹きつける、湿り気の多い風があり。そのたびにオーバーブラウスの裾をはためかせつつ、埃が眸に入らぬよう、猫のそれを思わす目許を細める平八だったが。そんな彼女の、辺りを見回す挙動には、風のせいもあってか微妙に死角というものがあり。広場の中央へ形ばかりな花壇、実質は手入れの行き届かない芝草の植えられた空間があるのへと、自然なこととして背を向けていた彼女であり。膝ほどの高さのレンガの縁があるそこを、わしわしと踏み越えまでして、無防備な女子高生の背後から接近してくる何者かがいようだなどと、一体 誰が警戒しようか。

  ………いや、たまにゃあ いたりする。

 こたびもやはり、久蔵へと尾行を張ったおりの男同様に、一見サラリーマン風の中肉中背という地味な男が、それにしちゃあ機敏な方かもな動きで、カンカン帽の小柄な少女の肩口に掴みかかろうとしたその時、

 「…その子へ何しようってのかしら。」

 真横から伸びた手があって。すんでのところで、その不意打ちを文字通り掴み取る。指は長いがそれでも小ぶりなその手が、小さいながらもコツを心得ていてか、男の持ち物な手をがっつり掴んで離さないものだから、

 「…っ!」

 不埒はそちらが先だというに、ギョッとしたそのまま、金坪まなこを限界までと大きく見開くと、あわわと慌てて後ずさり仕掛かるのへと、

 「▼▼っ、戻れっ!」

 どうやらそこへと引きずり込みでもする気だったか、ボックスカーが花壇の逆側に停められており。その運転席と、後部座席の奥向きからの計二人ほど、仲間らしいのが声立てて呼んだのへは、

 「……そっちの刈り上げには覚えがある。」

 そちらもまた いつの間にか、桟橋につけた船のよに花壇の縁へと接触させてあった車の傍らに立っていた人物があり。大きく開け放ったドアとは逆側だからと安んじていたか、後部に乗っていた誰かさん、短く刈り上げられた後頭部が無防備になっていたそこへ、大きく指を開いた手、前触れもないまま がっしと突き立てられたものだから。

 「ひえぇッッ!」

 不意を突くにもほどがあり。想いもよらぬ襲撃と、しかもしかも微妙に冷ややかな感触とから、得体の知れぬものが触れたと思ったのだろう。突拍子もない声上げた男が反射的に前へとその身を泳がせ逃げた。そうしながら振り向き掛かった視野をよぎったのは、車の窓から覗き込む、真っ白いお顔の美少女で。昨日、いきなり姿を隠したり、そうかと思えばまた現れて、幽鬼みたいな底冷えのする声で脅しすかした張本人とあって、

 「ぎゃあぁぁああぁっっっ!!」
 「失敬な。指を差すな、指を。」

 問題はそこですか、久蔵さん。
(う〜ん) さすがに暑いからか、日頃ご愛用の張りつくようなスキニーデニムではなく。一見すると深いグレーのセミタイトなスカート風、だが実は同じ丈の漆黒のハーフパンツ内蔵というのが、駆け出せばその裾がすんなりした腿を包んでいたのでよっく判ったアクティブないで立ちであり。そんなトリッキーなスカートを巻きつけた細腰を、覆う長さのチュニックは、そちらも麻かそれともガーゼか、見るからに軽やかな素材で。袖口がやや開いた半袖の部分は純白、それ以外の身丈はいかにも夏らしい、重なり合ったシュロの葉の模様…にも見えなくはないが。よくよく見やれば、グレーの浅いのと濃いのとが重なり合ったゼブラ柄。俊足だということへなぞらえるには なかなか的を射た装いの、動きやすさ優先だろうそんないで立ちの久蔵と。

 「何だ、貴様らはっ!」
 「あらあら、お言葉ですこと。昨日はそっちから寄って来てらしたくせに。」

 こちらさんも、この彼女には珍しくも だぼっとしたシルエットの浅藍のハレムパンツを、生なりのスモックタイプのやはりチュニックへと合わせた七郎次。今日のように陽射しが淡い日はいいが、気の早い真夏を思わすかんかん照りのとある日に着て行って、やはり体の線が透けまくり、待ち合わせた勘兵衛をあたふたさせたのがこれだとか。……いや、今はそれも どうでもいんですが。

 「女子高生を相手に、ちょいと仰々しくはありませんか?
  強引に略取だなんて、なんてまあハレンチな。」

 それも複数がかりでですか。か弱い女の子にはどれほど怖い所業か判ってますか、と。離せ離せと大の男がもがくのに一向に剥がせぬ、そんな特殊な掴みようを知っている女子高生が滔々と語っているわ、

 「た、たすけてくれっ!」

 後ずさりのし過ぎでシートからはみ出し、本来だったら高さがあった路上へ落ちてたところ、高さに大差の無い花壇の上へ転がり出ていたもう一人へ、

 “俺は、こんなヘタレた相手を怖いと思ったか。”

 それこそが情けないと思うたか、重苦しくも思い詰めてるお顔にて、じりじりと追うようにして、そちらへにじり寄る久蔵だったりし。そう、実を言えばここまでの打ち合わせを、既に…学校帰りの道々で大胆にも企てていた三人であり。自身への注目という少々強いめの意識の気配くらいは、前世を思い出したと同時、当時の基礎だった性分としてあっさりと手繰れるようにまでその感応を復活させており。それで見回した範囲に、今日はまだ追跡者がいなかったのでと とっとと帰りつつも、

 『やっぱり写真が 鍵よ、鍵。』

 アタシや久蔵は、この頭やこの成りだからこそ見つけやすかったかもしれないけど、もう一人も写ってる写真を押さえているってことは、ヘイさんも標的にされているのかも。え〜? そうでしょか。それこそカモフラージュってことで、お二人目当てと思わせまいとしての…。

 『だから。
  だったら全部を奪って燃やすかどうかしてりゃあ、
  どれが欲しかったかなんて判らなくなるのにって、
  ヘイさんだってそう思ったんでしょ?』

 その方法が選べなかったってことは、思いつきもしなかったか、全校で警戒させるほどの大ごとには したくなかったか。アタシたち3人だけを限って狙う、その理由まではあいにくと まだ判らないけれど。得体の知れない人が、気配を消して忍び寄って来たのは事実で。しかも、勘兵衛様がそれへと佐伯さんを調べに遣ったってことは、かなり重い事件かかわりなのかも知れない、と。平八がつつくまで察しさえつかなんだくせに、弾みがつけばさすが回転の早い七郎次であり。

 『シチさんが通う学校だから、とは思わないの?』
 『自惚れたいけど、それはないな。』

 平八からの指摘へは、困ったようなお顔で笑い、

 『まあ、失くなってた写真にはアタシも写ってたってんで、
  警戒を強めてくれるくらいはしてくれたのかも知れないけれど。』

 でもそれだって、佐伯さんの一存なのかも知れないしねぇと。謙遜してというよりも、期待するのが怖いのか。そんな風に自分から言ってのけた、金の髪した白百合様は。周辺の瑞々しい緑にいや映える、白いお顔を悪戯っぽくほころばせ。制服のひだスカートの裾、ふわりと浮くほど くるんとひるがえしての回れ右をして、親友二人を振り返ると、

 『どんな用件があるのか知らないけれど、
  顔を判別してまでものご指名で、アタシらの誰かへ用があるって人たちがいる。
  まさか人目のいっぱいあるところでは接近して来ないのがセオリーなのに、
  久蔵やアタシを見張っていたのは人通りの多い通り沿い。
  久蔵への実行犯は、逃がしてなるかって追ったほど切迫してた。』

 実家が知りたかったのかなぁ? 学園へ忍び込めたんなら、そして写真を手に入れたんなら、それを使って興信所でも探偵社へでも依頼すりゃいい。学校への問い合わせには応じてもらえなくたって、そういうところはプロだから、訊き込みもするだろうし、そうなりゃ何かと目立つアタシらの素性なんてあっと言う間に割れるだろうに。

 『何でそうしないのか。』

 なぞなぞみたいに“な〜んでだ?”と訊いた七郎次へ、

 『…矛盾してますね。大胆なんだか、こそこそしたいのか。』
 『要領が悪い。』

 それもあろうけど、至急なことで、でも、外部へは知られたかない素人の仕業だったら? そんな風に言ってのけた七郎次は、

  ―― だったら、いっそ人目の多いところで罠を張らない?

 目撃者が山ほどいる場へ誘い出して、そう簡単には逃げ出せないようにって追い詰めてやれば。危なくないかな、いくらこそこそしてたと言っても、いざ追い詰められたら逆上したりして。そんな風に助言をした平八の一言へ、

 『………っ。』

 意外にも、素早い反応を見せたのが久蔵の方で。七郎次に危害を加えるのかと危ぶんでのことかとも思ったが、そうじゃあなかったらしいと判るのは……うんとうんと後日の話。

 「は、離せよっ。
  大体、お前らが悪いんじゃないか。あのティアラに触ったんだろ?」

 破れかぶれか、そんなことを吠えるようにまくし立て始めたのは、七郎次が手首を押さえていた男のほうで。

 「…よせ、○○。」

 運転席から叱咤の声がしたけれど。恐慌状態にあったのか、男は口を噤みはしないで、むしろ尚のこと喚き立て続ける。

 「いい隠し場所だったんだ。
  ほとぼり冷めたら取り出して、故買屋に売り飛ばしてよ。
  学校の父兄ん中にもお得意さんはいるんだぜ?
  盗品って薄々気づいててそんでも欲しいって手合いがよ。」

 訊いてもないこと、アトランダムに思いつくまま垂れ流し始めたらしい男へ、見切るつもりか舌打ちしたドライバーが、車のエンジンをふかし始めて。そちらさんもまた、なりふり構わず逃げ出そうという算段かと思われたものの、

 「…っ、」

 いきなり発進しかけたのと同じほどの唐突に、がくんと大きく揺れて停まったボックスカーであり。実は…彼らからすりゃ思わぬ格好での少女らの逆襲に手間取って、ごちゃごちゃ揉めているうちに、それでも…そんなこと、そうと容易くこなせることじゃあないってのに。それは手早く、大きな鉤つきのワイヤーロープをボックスカーの後部バンパーに固定して、その先を彼らの側の自前の大型車のフックへとつないでの、ぐんと逆向きの加速をかけることで文字通り引き止めた人があった。そうやって身動き取れなくなったボックスカーの、フロントグラス越しの真正面へと。コツリという堅い靴音響かせて立ち塞がったのが、

  「これは、虹宮堂のご主人、そんなに急いでどちらへ行かれる?」

 我らには見知った御仁、スーツ姿にそれというのはバランスが微妙な、蓬髪を背中へまで延ばした壮年殿こと。島田勘兵衛 警部補が、それはそれは余裕の笑みを浮かべ、雄然と立ちはだかって見せたのであった。


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